宗教の勧誘チラシがポストに入っていた。

歎異抄とはなんぞや?と思って調べてみると、親鸞の弟子が書いたとされる仏教書であることがわかった。
なるほどなるほど。
このセミナーは仏教書の教えを現代風に説くのだろうな。
チラシを見ると、「やがて死ぬのになぜ生きるのか」その答えは?と書いてある。
俺は疑問に思うのだが、例えば、どこかの講師が「人が生まれたのは〇〇をするためです」と言ったとして、それを「はい、そうですか」と信じられるものだろうか?
俺には無理なような気がするよ。
チラシを見て、そんなことを思った。
そういえば、この前、おばさんが勧誘に来たのだが、同じ宗教だったのだろうかね。
定期的に宗教おばさんがやってくるんだよね。この家はさ。
インターホン越しに「結構です」と言って、追い返しているよ。
シッシッ。
今の時代は宗教団体の運営も厳しいのだろうな。
働いていれば飯も食えるし、医療も充実している。寝床もあるし、娯楽もある。
神様や仏様が手を差し伸べる必要のない時代になったのだろう。
現在を生きる人は神様よりもスマホの情報を信じていると思う。
そのうちに、AIが神様のような扱いになったりするのかもしれないよね。
AIと宗教が融合して、新しい何かが生まれるとかさ。
では、またね。


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