『エニグマが』
夏の夜、僕は祖父母の家にいた。
どうしてそこにいたのかは覚えていない。
祖父も祖母も出かけているらしく、家の中には僕しかいなかった。
夕飯はカップラーメンで済ませた。
湯を注いで三分待ち、居間のテレビを見ながら食べた。
食事をする前に風呂にも入った。
あとは歯を磨いて寝るだけだった。
祖父母の家は田舎にある。
夜になると本当に静かだった。
車が通る音もほとんどしない。
窓を開けていると、ときどき虫の声が聞こえてくる。
二十三時を過ぎた頃、テレビが急につまらなくなった。
チャンネルをいくつか変えてみたが、どれも見る気にならない。
僕はテレビを消した。
それまで部屋を満たしていた音がなくなる。
急に家の中が静かになった。
「歯磨いて寝るか」
誰に言うでもなく僕はひとりで呟いて、洗面所へ向かう。
洗面所は蒸し暑かった。
鏡の前で歯を磨いているうちに、額に汗がにじむ。
鏡に映った僕をぼんやりと眺めながら、どうでもいいことを考えていた。
歯を磨き終えて口をゆすぐ。
蛇口から出る水を止めると、また音が消えた。
僕は洗面所の灯りを消した。
寝室にしている和室までは、廊下を少し歩かなければならない。
廊下の灯りはつけなかった。
窓から入る月明かりのおかげで、歩けないほど暗くはなかったのだ。
でも、古い家の夜というのは妙に不気味だった。
昼間なら何でもない柱や襖が、暗がりの中では別のものに見える。
……ミシッ。
歩くたびに床が鳴る。
自分が歩いている音だと分かっているのに、そのたびに少し嫌な気分になった。
和室の前まで来た僕は、襖を開けた。
布団はすでに敷いてあった。
部屋に入り、襖を閉める。
そして布団の上に寝転がった。
その瞬間だった。
「エニグマが……!!」
急にどこからか大きな声がした。
赤ん坊のような、高くて舌足らずな声だった。
僕は飛び起きた。
どこから聞こえたのか分からない。
廊下なのか。
隣の部屋なのか。
天井なのか。
それとも、すぐ耳元だったのか。
驚いた僕は叫び声をあげた。
つもりだった。
でも、声が出なかった。
喉の奥で空気だけが引っかかる感覚が不気味だった。
ここで起床。
エニグマが…、なんだったのだろうか。



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